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MISTY CASTLE -ファーストkiss☆物語 些細な思い-
拘り。それは時として意味を見出せなくなるものだ。



クリスマス。水沢芳彦は久しぶりに訪問した織倉家を後にした。
家を出る際、住人の中で一際織倉真奈美が年明けまでの滞在をせがんだが、
それを拒み芳彦は帰宅した。
そして今、新年を間近に控え再び芳彦は織倉家を訪れた。
彼にとってはクリスマス以来の訪問。
数日間自宅に帰っていただけなので余り情緒に浸ることはなかった。
「それにしても水沢、クリスマスの時にも来てたなら俺たちにも連絡くらい入れろよ。お前それでも友達か?」
「あははっ、悪いな綾乃。その時にはそこまで頭が回らなかったんだよ」
クリスマスの時よりも面子が増えた。
芳彦の来訪を何処で聞き付けたのかは定かでないが、
彼の友人である橘綾乃、杉崎由紀子、そして香坂宏までもが芳彦よりも先に織倉家に訪れていた。
「ううっ、どうせ私たちなんてそんな仲なのよねぇ」
「水沢、大事なのは人を思い遣る気持ちだ。幾ら心の中で思っていても相手には伝わり難いものだぞ」
杉崎と香坂が追い討ちをかける。
「お前ら、過ぎてしまったことなのにしつこいぞ。もっと広い心を持ってだなぁ・・・」
「へぇ〜、貴方の口からそういうことを言われるとは思ってもみなかったわ」
一瞬杉崎が驚きの表情を見せる。
「おい由紀子、それはどういう意味だ?」
「あははっ、冗談よ」
口元に手を添え笑いながら言った。
「ふふふ、今年は賑やかな御正月になりそうね」
織倉家の主である弥生が話に加わる。
「でも皆、幾ら御正月だからって余り羽目を外し過ぎちゃ駄目よ?」
医療に携わる者としては当然の意見だろう。
浮かれ気分のせいで身内などが即日病院行きなどになってしまっては、
医師としての弥生の監督不行届きになってしまいかねない。
「分かってますよ、弥生さん。でもこいつ等はそんなに柔じゃないから大丈夫ですよ」
「そう? それならいいけど」
芳彦の一言を聞いて安心したのか弥生が笑みを零す。
「ちょっと芳彦、綾乃君は兎も角私は純情可憐な女の子なのよ?」
だが、それを横で聞いていた杉崎は猛反発。自分の立場を主張した。
「はっ? お前がそういう柄かよ」
「あっ、芳彦。よくも言ったわね!」
芳彦の一言に怒りを露にする杉崎。
「ねぇねぇ綾乃君、芳彦ったら酷いと思わない?」
透かさず助け舟を求める。手始めは橘の様だ。
「いや、俺も水沢の意見に賛成だな」
しかしあっさりと援護を拒否された。
「あっ、綾乃君の薄情者!」
作戦のミスを悟り思わず当人に罵声を浴びせてしまった。
「そう言われても・・・なぁ?」
困り果てる橘。今度は橘が先程から落ち着いて傍観している香坂に助けを求める。
「いや、俺は杉崎の意見に賛成だ」
まるで聞くまでもないだろうという口振りで喋る香坂。
杉崎も加勢者を見つけたことで、やっぱり分かる人には分かるのよ、と言いたそうな表情をしている。
「そりゃあお前は女性の味方だからな」
「そうだ」
だがその思いも芳彦の一言で潰されてしまった。
香坂の思いがただ単に、女性に味方をするのが常、というものだったからだ。
となると当然の如く疑問が湧く。
「じゃあもし杉崎が男だったら如何するんだ?」
その疑問を口にしたのは橘だった。
「ふん、そんなこと、答えるまでもない」
直接口にしないのがせめてもの情けか。結局の所、香坂も他の男子と思いは同じの様だった。
「ふん、もういいわよ。どうせ貴方たちなんかに私の純情さなんて分かるわけないのよ」
偉くご立腹な様子の杉崎。とはいえ、3人から見ればそれも見掛けだけに過ぎない。
何時もの遣り取りと大して変わらない光景だからだ。
「コラコラ、男性が寄って集って女性を虐めちゃ駄目よ」
やはり4人にとっては日常の遣り取りと何ら変わらなくても、
端から見れば一方的な虐めに見えてしまうらしい。
弥生が杉崎のフォローに入った。
「そうよそうよ、貴方たち、男3人でずるいわよ!」
ここぞとばかりに杉崎が打って出る。
芳彦は勿論の事、香坂や橘までもが弥生には逆らえないことを利用した作戦だ。
これには男3人衆も大人しく引き下がるしかない。仕方なく謝る3人。
「まあ、分かれば良いのよ」
この時杉崎は自分の勝利に酔っていた。
「ねえお母さん、もうすぐ年明けだよ」
話が1段落着いたのを見計らって真奈美が弥生に話しかける。
「あらっ、もうそんな時間? それじゃあ私たちは一寸席を外させてもらうわね」
女性陣が続々とリビングから引き上げていく。
先程まで1人で勝利に酔っていた杉崎までもが香奈に連れられてリビングから姿を消した。
「何しに行ったんだ、皆」
橘が一緒に残った2人に尋ねる。
「さあ?」
芳彦が、俺に聞かれても、と言いたそうな表情をする。
「ふん、これだからお前らは。もっと女性について勉強する必要があるな」
呆れ口調の香坂。
「何だと〜! おい、香坂。お前大人しく聞いてれば・・・」
「まあ落ち着け綾乃。それで一体皆は何しに行ったんだ?」
橘を制した後に芳彦が尋ねる。
「時機に分かるさ」
そう言い放つと香坂は黙り込んでしまった。
暫く静寂の時が流れる。その中で刻一刻と時計は時を刻み続ける。
途中静けさに耐え兼ねた橘がTVを付ける。
どのチャンネルを見ても新年を間近に控えている為か特番が組まれていた。
「おい水沢、俺が思うにこのチャンネルって毎年似たようなことばかりやってないか?」
橘が或るチャンネルでリモコンに掛かっていた手を止めた。
「さぁなぁ。俺はそう言ったことは余り意識せずに見てるから分からないよ」
「そうか・・・」
その後も度々橘が話題を振るが、大して話は展開せずに終結してしまう。
流石の橘も頭を抱え掛けた時のこと。
「―――1年を締め括る今日は、何と会場にスペシャルゲストをお招きしています! 早速登場してもらいましょう! ゲストの方、どうぞ!!」
特番なら有り勝ちな台詞。然して珍しがることもない。
問題はゲストが誰なのか。TVに釘付けになる3人。
「あっ!」
ゲストが姿を見せるや否や紹介の前に芳彦が声を上げた。
「ん・・・?」
「如何した水沢」
同じ場にいる2人が問い掛ける。
「恭子さん・・・」
「んっ? 何だ、お前知り合いなのか?」
「ああっ、森村恭子さん。高3の頃に知り合ったバイトの先輩なんだ。
確か役者になりたいって言ってて・・・そうか、会わなくなってからも確りと夢に向かって頑張ってたんだ」
画面に映し出された舞台風景を見てほっと安堵の息をつく芳彦。
「お前って実は結構八方美人なんだな」
一方そんな事はお構いなしに茶々を入れる橘。
「馬鹿、綾乃、そんなんじゃないって」
必死に否定をする芳彦だが橘も中々引き下がろうとはしない。
「本当か〜?」
しつこく事の真意を尋ねてくる。
「ああっ」
こんな事で嘘なんかつくかよ、といった口振りで激しく否定を続ける。
「本当に〜?」
「だから本当だって・・・って、うわぁ! 由紀子、何時の間に!?」
芳彦が声のした方を振り向くと、その場には由紀子だけでなく先程席を外した女性陣が衣装を変え勢揃いしていた。
「鈍いわねぇ。芳彦が『恭子さん』って言った辺りから私はず〜っと此処にいたわよ。それに、気付いていなかったのは芳彦だけよ?」
「おいおい、俺だけ除者かよ」
「勘違いするなよ水沢。お前が注意散漫なだけだぞ? 常に少しくらいは周囲を警戒しておくべきだろ」
愚痴を零す芳彦に忠告をする橘。しかし事態は更なる展開を見せた。
「ふっ・・・綾乃、そう言うお前もまだまだだな」
その光景を見ていた香坂が口を挟んだのだ。
「何だと香坂」
「確かにお前の意見は尤もだが大事なのはそんなことではない。もっと現状を確りと把握するべきだな」
「現状・・・?」
云われて周囲を見渡す橘。刹那何かに気付いたかのように頷く。
「やっと気付いたか。女性が衣装を変えて出て来たにも関わらず、お前らのさっきまでの態度と来たら・・・。男たるもの、逸早くそれに気付き感想を述べるのが常だろう」
「流石香坂君、何処かの女心が分からない連中とは違うわね」
情けない2人を諭す香坂とその行いを褒め称える由紀子。それはまるで先程自分が香坂に言われたことを忘れてしまったかのような光景だった。
「でも香坂、言葉ではそう言っているが、お前だって行動に移してないじゃないか」
「お前らの行いに呆れて言葉を失っていただけだ」
香坂は物言いに怯むことなく相変わらずクールに答えた。しかしそれらの光景に見兼ねた者がいた。
「こらこらっ、いい加減そこら辺で止めておきなさい。年明け間近に馬鹿みたいに喧嘩してないの」
杉崎である。この3人の相手をすることが出来るのは、
この場には恐らく彼女しかいないのだから当然といえば当然ではあるのだろうが。
「ちぇっ、分かったよ・・・」
杉崎の一言に男たちは渋々納得をした。
如何やらこれ以上集まった皆に迷惑をかけては不味いという思いと、
久しぶりに旧友と激しく言合いたいという気持ちが複雑に絡み合っているようだ。
一方長い間蚊帳の外で見物状態にさせられていた女性陣は、機を見計らって輪の中に入ってきた。
その後瞬く間に2つのグループに分かれた。
1つは橘、杉崎組。橘が照れ臭そうに杉崎の浴衣姿を褒めていた。
当の杉崎も満更でもない様で嬉しそうに笑っている。
そしてもう一方の芳彦、香坂も橘と同様だった。
「お兄ちゃん、見て見て〜」
真奈美が芳彦に自分の浴衣姿をアピールする。
「うん、真奈美ちゃん、その浴衣姿凄く良く似合ってるよ」
「ホント? うわ〜い」
浴衣姿を褒められた嬉しさからはしゃぎ回る真奈美。
「それに香奈ちゃんも。勿論弥生さんも良く似合ってますよ。なぁ、香坂?」
「うむ、淑女の浴衣姿は何時見ても感動を覚えるな」
褒めながら爽やかな笑顔を振り撒く。
それは、もしこの場に香坂を慕う女性がいたならば、
その笑顔を見てその場に倒れこんでしまったとしても不思議でないくらいのものだった。
「ふふふっ、お褒めの言葉有難う御座います」
謙遜をしながら応える香奈。
「私だってまだ香奈たちには負けないわよ」
一方で対抗意識を露にする弥生。
「まあっ、お母さんったら」
刹那場に笑い声が広がる。
釣られて杉崎たちも会話に加わり、共に笑い声を上げていた。
それはほんの一瞬の出来事。だが、その場にいる者にとってはこの上なく充実した時であったに違いない。
しかし楽しい時間が早く過ぎる様に感じるのもまた事実で、場の盛り上がりが最高潮に達した頃のこと。
「おっ、如何やらそろそろの様だな」
時計の針を見ながら橘が声を上げた。
「そうか、もうそんな時間なのか。今年の幕切れも意外に呆気なかったな」
「ならば、来年は同じ事を口にすることにならないように、もっと実りのある年にしてやろう」
香坂が意味有り気な台詞を吐いた。
「具体的には?」
「お前が実りのある年を過ごせるように祈っておいてやる」
刹那極僅かな時間ではあるが場が凍り付いた。
「それだけか・・・?」
芳彦は何とか言葉を紡ぎ尋ねた。
「何を言う、世の中には祈ってすら貰えない人もいるのだぞ。少しは有り難く思え」
「そうよ芳彦、それに年始からこれだけの美女たちに囲まれて過ごせてるんだから、一寸は自分がかなりの幸せ者だということを自覚しなさいよ」
立て続けに芳彦に意見が浴びせられた。
「へぇへぇ、どうせ俺は物分かりの悪い人間ですよ」
皮肉交じりに言葉を返した。
「もう、そんなことじゃあ大切な人にも逃げられちゃうぞ」
面白がって揶揄する杉崎。
「大切な人・・・ねぇ」
苦笑しながら呟く。実の所現在芳彦に恋人と言えるような人は存在しない。
親しそうに会話をしている女性でも、友達以上恋人未満の線を彷徨っているのが実態だ。
「まあ、追々探すさ」
言葉を繋げながら芳彦が時計に目を遣る。何と既に年明けまで1分を切っていた。
「さぁ〜て・・・」
今が何時かを把握した芳彦は座っていた椅子から徐に腰を上げた。
「んっ、如何したの、お兄ちゃん?」
真奈美が不思議そうに声を掛ける。
「いや、そろそろ時間だからね。最後の一時を座ったまま終えてしまうなんて何か惜しく感じてさ」
「ねえねえ、それじゃあお兄ちゃんも一緒にカウントダウンしよう、カウントダウン!」
真奈美が誘いを掛ける。
「うんいいよ。やろうか真奈美ちゃん」
対して芳彦はそれを快く承諾した。
「じゃあ10からね、お兄ちゃん」
「OK。分かったよ、真奈美ちゃん」
刹那話し込んでいる間、誰1人眼中になかった筈のTV画面に皆の眼差しが向けられた。
如何やらTV番組の方も此方と同じくカウントダウンを開始する寸前だったようだ。
「10! 9! 8!・・・」
TV画面から漏れてくる声と場にいる皆の声が重なる。
「・・・3! 2! 1! 0〜!!」
全ての者が一体になったかの如く揃って声を張り上げ、それと共に年は明けた。
「明けましておめでとう御座いま〜す!」
高らかに発せられた声。それは正に1年の幕開けに相応しかった。
「お兄ちゃん、明けましておめでとう御座いま〜す」
真奈美が祝いの言葉を繰り返す。
それに続くかの様に皆も祝いの言葉を口にした。
「ねぇお兄ちゃん、早速ゲームやろう、ゲーム」
年明け早々真奈美が提案した。
「んっ、別に良いけど、何をするんだい?」
「ゲーム・・・そうねぇ、折角これだけ人数が揃っているんだから歌留多取りでもやりましょうか」
真奈美が意見を述べる前に弥生が案を出した。
反対者はいないようなので弥生は早速歌留多取りの準備を始める。
残された者たちはその間談笑をしていた。
「お待たせ〜。ごめんなさいね、遅くなってしまって。トランプは直に見つかったのだけど、肝心の歌留多が中々見つからなくて」
十数分後言葉通り片方の手にトランプ、もう一方の手に歌留多を持った弥生が戻ってきた。
「いえいえ、別に気にしなくても良いですよ、弥生さん」
弥生から歌留多を受け取り床に取り札だけを配置する。
「よし、水沢。早速俺と勝負だ!」
「あぁ、いいぞ。受けて立つ」
「ふふふ・・・皆もこの2人に負けないように頑張ってね。それじゃあ読むわよ」
刹那読み手以外の皆の目が床に置かれた歌留多に釘付けになる。
「『ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき』」
音読が始まるや否や皆が頻りに目的の札を探し始めた。
端から流し見する者や幾つかの区画に分けて区画ごとに探していく者など様々である。
だが、その群れの中で一際落ち着いた表情をしている者がいた。
参戦する気がないのだろうか。事の成り行きを冷静に見守っている。動く気配はない。
周囲の者もそれを理解しているのだろうか。そっちのけで目当ての札を探し続けている。
既に1人脱落者がいるのだから自分が最下位になることはない。あとは順位の問題。
必死に札を探している者の誰もがそう思っていただろう。
しかしそれは単なる誤算に過ぎなかった。突如場の中央に1本の手が伸びてきたのだ。
「もらった〜!」
威勢の良い声と共に歌留多がその手によって弾かれた。一時辺りが静まり返る。
そして直後、場を驚愕の声が支配した。
「こ、香坂・・・お前・・・」
「馬鹿者、歌留多取りは男の嗜みの1つだ。出来て当然!」
弾いた歌留多を取りに行っていた香坂が場に腰を下ろしながら答えた。
「さてはてめぇ、澄ました顔しながらずっとこの状況を楽しんでやがったな!」
「最初だから若干ハンデをやっただけだ。次はない」
香坂は今のはほんの小手調べ程度と言った感じの台詞を口にした。
「むむっ。おい水沢、俺たちの勝負は一時休戦だ。まずは協力して何としてもコイツの鼻を明かしてやろうぜ!」
「よし分かった。それじゃあ綾乃は左側を頼む」
「任せとけ!」
一致団結し会う2人。
「面白い、返り討ちにしてくれるわ!」
周りを余所に、男たちだけで壮絶なバトルが繰り広げられようとしていた。
「むむっ、真奈美だって負けないよ〜!」
皆最下位にはなりたくないのか、口を揃えて同じ様なことを言う。
しかし結果はというと、結局香坂に軍配が上がってしまった。
接戦などというレベルには遠く及ばない正に1人勝ちだった。
弥生が札を読み始めると同時に香坂の手が動き、一瞬にして札を弾いてしまう。
何度やっても変わらないので、香坂が手を動かすと同時に同じポイントに目掛けて手を伸ばす輩も現れた程だ。
だが結果は変わることなく香坂が先に札を弾くか、又は御手付きを誘われてお仕舞いかのどちらかにしかならなかった。
圧倒的な強さでどんどん札を山積みしていく香坂。その一方で他の者は1枚も獲得出来ずにいた。
最終的には香坂の1人勝ちペースという状況に堪りかねた橘が1対残りの者全員という案を出したのだが、
それでも結果は覆らなかった。人数分に警戒地域を分けても駄目。
残り枚数が少なくなってくると1人1枚に集中し始めるのだがそれでも駄目。
ゲームが終了した時には全ての札が香坂の手元に集まっていた。
「ふん、口ほどにも無い」
香坂が自分に向かって旗を揚げて来ていた輩を一瞥する。
「な・・・中々やるじゃねぇか香坂。今回の所は、大人しく負けを認めてやる・・・」
「こらこら、認めるも何も誰が見たって香坂君の1人勝ちじゃないの」
「くっそ〜っ、こうなったら自棄だ! おい、水沢も付き合え!」
用意周到と言うべきか、橘が自分の荷物の中から酒瓶を持ち出して来た。
「ちょっ・・・綾乃君!?」
「止めるな杉崎! 俺は未だこんな屈辱を味わわされたことはなかったんだ。呑まなきゃやってられん!」
杉崎の静止を振り切るとコップに注ごうとせずに豪快に酒瓶を口元に当てた。
(ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ・・・)
「ぷっはぁ〜!」
大量の酒を口に含むや否や橘の顔が物凄い勢いで赤みを増していく。
「おい綾乃、大丈夫か?」
「ん〜、なんら、水沢?」
橘は既に呂律が回らなくなっていた。
「うっ、綾乃。お前もう酔ったのかよ!」
「ううっ・・・」
突然橘が屈み込む。
「おい如何した、大丈夫か!?」
芳彦が背中を擦りながら尋ねた。
「ううっ・・・な〜んてなぁ♪」
「はっ・・・?」
予想外の展開に芳彦は声を失った。
「それにしても暑いなぁ・・・よ〜し、俺は脱ぐぞ〜」
「きゃあっ!!」
女性陣が揃って悲鳴を上げる。
「おい綾乃! お前少しくらい状況を考えろ」
「んっ、なんら水沢、お前も脱ぐのか〜?」
橘が芳彦の服を掴む。
「えっ・・・!?」 
対して芳彦は慌てて橘の手を振り解く。
「よ〜〜し! こうなったらお前と俺とで野球拳だぁ、準備はいいなぁ水沢!」
「却下!!!」
(ドスッ!!!)
声と共に杉崎の拳が唸りを上げた。それはほんの一瞬の出来事。
刹那先程まで騒いでいた人物は床へと伏せた。
「もう綾乃君ったら、本当にデリカシーがないんだから・・・」
「おい、何か今物凄く鈍い音がしなかったか・・・?」
「あははっ、気のせいよ、気のせい」
手を左右に振りながら答える。
「やれやれ、全く喧しい連中だな。正月くらいもっと優雅に暮らしたいものだ」
不平を漏らしながら香坂は席を外した。
「思い切り当事者の奴が何を言ってるんだか」
対して芳彦が苦笑する。
「ねぇお兄ちゃん。今度は真奈美と1:1で勝負しない?」
揉め事が収拾したのを見て真奈美が口を挟んだ。
「1:1か、良いよ。それで何で勝負するの?」
「うんっとねぇ、えっと・・・じゃあ神経衰弱!」
「はははっ、よし! じゃあ早速始めようか」
先程弥生が持ってきたトランプを早速場に出す。
公平を期すためにトランプの配置は傍観者に委ねた。
「じゃあお先に真奈美ちゃんからどうぞ」
「えへへぇ〜、それじゃあお言葉に甘えて・・・」
真奈美は軽く笑みを漏らしながら手近にあるカードを1枚捲った。
「えっと・・・ダイヤのクイーン、か」
口元に指を当て暫く1面に配置されたトランプを眺める。
「真奈美ちゃん、最初なんだから難しく考えずに適当に選んじゃいなよ」
「うん、それもそうだね」
芳彦の言葉で迷いが吹っ切れたのか再び手近のカードを1枚捲った。
「クラブの3かぁ・・・はい、次はお兄ちゃんの番だよ」
捲った2枚を元の状態に戻し、芳彦を急かす。
「よし、それじゃあ俺も手始めは身近なカードから・・・」
捲られたカードは何とクラブの3だった。
「おっ、ラッキー」
透かさず先程捲られたカードを捲る。
「あっ、お兄ちゃんずる〜い」
「あははっ、御免ね、真奈美ちゃん。でも勝負だから」
膨れ顔の真奈美に直視され芳彦は思わず苦笑する。
「それじゃあえっと次は・・・」
痛い視線を感じながら今度は中央に位置するカードへと手を遣る。
「スペードの1・・・っとこれ」
声と共に捲られたカード。それを見て一同は驚愕した。
「スペードの1・・・」
観衆の響めきの中明らかに不服そうな表情を浮かべる真奈美。
「ねぇお兄ちゃん、実は誰かと組んでない?」
「組んでない、組んでない。偶然だってば偶然」
重苦しい空気が辺りを支配する。誰もがカードが一致しないことを願った。
だが無常にもその後も捲るカードは悉く一致してしまい、真奈美の完敗、もとい芳彦の圧勝にて幕を閉じる。
「ぶぅ〜、結局1度も勝てなかったよ〜」
「あっとその・・・今日は偶々だって。えっとほらっ、真奈美ちゃんだってよく分からないけど1日中付いてたことってあるでしょ?」
身振り手振りで自分の無実を主張する芳彦。
「もういいよ」
真奈美がポツリと呟く。
「真奈美、お兄ちゃんを信じてるから」
「真奈美ちゃん・・・」
「でも・・・今度は絶対に真奈美が勝たせてもらいますからね!」
人差し指を立てた状態で前に突き出し芳彦に対して誓いを立てる。
「ははっ、その時はお手柔らかに頼むよ」
軽く謙遜の念を含めながら言葉を返す。
然し真奈美はと言うと、
ゲーム中終始カードを見つめ続けていた為か疲れてしまったらしく、
会話を続けることもなく弥生に寝ることを告げ部屋へと戻ってしまった。
「おい水沢。物事には限度というものが存在するんだ。お前はその事を確りと理解しているのか?」
遂先程まで席を外していた筈の香坂が芳彦に忠告を与えた。
「そうよねぇ・・・本当に完膚無きまでに叩きのめしたって感じだったものねぇ」
由紀子が頬に手を当てながら溜息を吐く。
「悪気は無かったんだけど何故か不思議とカードが一致しちゃったんだよなぁ・・・」
一方芳彦は頭を掻きながら反省の色を見せる。
「ねえ芳彦、あの子が捲ったカードを間違って捲るとか出来なかったわけ?」
「そりゃあやろうと思えば出来ただろうけど、あからさまにやったら真奈美ちゃんに感付かれるだろうし、
それに俺だってこれでも一応考えて捲ってたんだぞ。出来る限り多くのカードを捲って真奈美ちゃんがカードを一致させ易い様にだなぁ」
「その結果がこれか?」
香坂が痛い所を突く。
「頼む、それは言わないでくれ・・・」
「そうね、まあ遣ってしまった事は仕方がないんだし、如何にかしてご機嫌を取り戻して起きなさいよ」
「勿論・・・そのつもりだよ」
少々項垂れ気味に言葉を紡ぐ。
不安な思いのせいもあるだろうが如何やら芳彦にも疲れが出始めたようだ。
「ねえ、芳彦。一先ず今日はもう休んだら?」
その事に感付いたのか杉崎が芳彦に安眠することを提言した。
「そうだな・・・それじゃあお言葉に甘えて先に休ませてもらうよ」
また朝にな、と一言だけ言葉を残し、芳彦は自分の部屋へと向かった。
その後皆も真奈美、芳彦の跡を追うように1人、また1人と疲れを訴えダウンした。
最後まで残った杉崎、香坂も一先ず朝まで各々休息を取ると言うことで意見を一致させ、
織倉家に真夜中の静けさが訪れた。



朝、太陽の陽射しが燦燦と降り注ぐ。
それに伴うかのように織倉真奈美の高らかな声が家中に響き渡った。
「皆、朝だよ〜」
1人1人揺すりながら起こしていく。
「今日はやけに早いわねぇ」
起こされた1人である弥生が真奈美に声を掛ける。
「うん、だって年に1度の御正月なんだよ。そう考えると何だか真奈美、落ち着かなくって」
テヘヘッ、と照れ臭そうに笑みを零す。
「もう真奈美ったら、何時まで経っても子供ねぇ」
弥生が愉快げな表情を見せる。
「お母さん、真奈美、一寸お兄ちゃんとお姉ちゃんを起こしてくるね」
「ふふっ、そうして頂戴」
返答しながら弥生はキッチンへと向かった。
一方真奈美は2階へ上がるや否や声を張り上げた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、朝だよ〜!!」
態々2階へと上がって来る必要が無い程の大声。
時を待たずして香奈の部屋のドアが開いた。
「一寸真奈美、そこまで声を張り上げなくても聞こえてるわよ。それに・・・御近所に聞かれてたら恥かしいでしょ」
呆れ顔で言葉を発する香奈。
「あっ、お姉ちゃんおはよう!」
対して真奈美は気にも留めていない様だった。
「もう、いいわ。それじゃあ私はお母さんを手伝って来るから」
芳彦の部屋を横目で見ながら言葉を紡ぐ。
「あとのことは宜しくね」
「うん!」
真奈美が気持ちの良い返事を返す。
と同時に、階段を降りていく香奈に背を向け、芳彦の部屋のドアをノックもせずに勢い良く開けた。
しかし芳彦は無反応。まるで毒リンゴを食べた後の白雪姫の様に静かに眠っている。
之幸いと見た真奈美はそろりそろりと歩み寄る。
そして次の瞬間!
「お兄ちゃん、朝だよ〜!」
ベットに飛び乗りお馬さん宜しく寝ている芳彦に跨がった。
「うっ、う〜ん・・・ああっ、真奈美ちゃん。おはよ〜」
「おはよう、お兄ちゃん」
暫し見詰め合う2人。中々言葉は交わされず、数分の後にやっと芳彦が言葉を口にした。
「真奈美ちゃん、あの、その、そろそろ退いてくれるかな・・・」
「あっ、御免ね、お兄ちゃん」
真奈美が慌てて飛び退く。
真奈美が退くや否や身を起こし再び真奈美を直視する。
「如何したの、お兄ちゃん。真奈美の顔に何か付いてる?」
照れ臭そうに顔を赤らめながら尋ねる。
「いや、その・・・着替えたいんだけど・・・」
「あっ、御免なさい」
今度は慌てて部屋から出ていく。
周りに音が聞こえそうな程の胸の高鳴り。それを抑える為に真奈美は幾度か深呼吸をした。
そうして何とか芳彦が部屋から出て来る前に落ち着きを取り戻す。
「あははっ、真奈美ちゃん。改めておはよう」
ドアを開けると同時に声を掛けてきた。
「うん、おはようお兄ちゃん」
「で、こんなに朝早く如何したんだい?」
芳彦が欠伸をしながら尋ねる。
「えへへえ、えっとね、真奈美ね、お兄ちゃんにお願いがあるの」
真奈美が少女特有の円らな瞳を輝かせる。
「お願い? 何だい?」
「えっとね・・・」



寒風が吹き荒ぶ中彼らはとある場所へと遣って来た。
「ここに真奈美ちゃんと来るのは久しぶりだね」
連れて来られた芳彦が声を上げる。
そう、そこは正に昔芳彦と真奈美が毎朝かけっこをしていた懐かしの場所。
そのゴール地点に彼らは立っていた。
「お兄ちゃん、真奈美ともう1度勝負して」
芳彦の方へ振り向いた真奈美の目は本気だった。
最終日に舐めた敗北の味。リベンジを遂げる為に真奈美は今日という日を待ち望んでいたのだ。
「成る程、リベンジ戦というわけか。いいよ、勝負しよう」
互いにスタートラインに付き、横目で相手を見やる。
「じゃあゴールは家の前ね?」
「分かった」
昔とは逆の設定。恨みっこなしの1本勝負だ。
「それじゃあ、よーい・・・ドン!」
その幕が今開かれた。声と共に2人が揃って駆け出す。
最初の頃は双方様子見といった具合で然して差は開かない。
だが中間点に差し掛かるや否や徐々に差が開き出した。
真奈美が早めにスパートを掛けた為だ。
それに必至に芳彦も食らい付く。相拮抗する走力。
ラストの直線までその状態に変化は訪れなかった。
しかし家が視界に入ると直に状況は一変した。
芳彦もスパートを掛けたからだ。両者が横一列に並ぶ。
それを見て負けじと真奈美も速度を上げる。
共に一向にペースを落とす気配は無い。
そのまま2人は家の前を駆け抜けた。
「くっそ〜・・・同着か〜?」
「うん、そう・・・かもね」
季節が冬と言うだけあって喉へのダメージも大きく、互いに息を切らしながら喋る。
走者から見れば同着であったと言っても過言ではない。
その差はほんの僅か、端から見れば明らかに真奈美が拳1つ分だけ先を行っていた。
けれども、2人はその事には気付いていない。
いや、既に彼らにとっては、そんなことは如何でも良かったと言うべきか。
両者が死力を尽くして奮闘した。その事実だけで十分なのだと。
大事なのは勝ち負けではない。如何に相手の為に尽くしたか、だ。
彼らは互いの健闘を称え合いながら家の中へと入った。
「やっと帰ってきたか、待ち侘びたぞ」
ソファーに腰掛けている香坂が羽子板を持ちながら告げた。
「香坂、それは・・・?」
芳彦が羽子板を指差しながら尋ねる。
「水沢、お前は羽子板も知らんのか」
香坂は額に手を遣り深く溜息を吐いた。
「いや、そうじゃなくてだな・・・」
「正月と言ったら羽根突き。羽根突きといったら羽子板は必須だろう」
既にやる気満々の香坂。
「さあ2人とも、さっさと朝食を食べちゃって頂戴」
弥生が2人に拍車を掛ける。
「あっ、はい」
如何やら他の者は皆外へ出掛けている間に朝食を済ませてしまったらしく、
香奈が台所で後片付けをしていた。
後れを取ったことを悟った2人は手早く朝食を済ませる。
「御馳走様でした」
「やっと食べ終わったか。さあ、さっさと準備を整えて表へ出ろ」
言いながら羽子板を芳彦に投げ付ける。
「おいおい、一寸待てよ。こっちは今食べ終わったばかりだぜ? もう少し休ませてくれよ」
羽子板を受け取りながらもソファーへと腰掛ける芳彦。
香坂も仕方なく再びソファーへと腰掛ける。
「なんだ、やらないのか?」
橘が羽子板で肩を叩きながら遣って来る。
「いや、水沢待ちだ」
「そうか。それじゃあ先に俺たちだけで始めてようぜ」
羽子板で窓の外を指す。
「ふむ、そうするか」
橘の意見に賛同し香坂は席を立った。
窓越しに羽根突きをする音が芳彦へと届く。
「やれやれ、仕方ない。俺も行くか・・・」
「あっ、真奈美も行く」
真奈美が芳彦の傍らにぴたりと付いて来る。
「なんだ芳彦。休んでいるって言った割にはやけに早いな」
橘が首を傾げる。
「羽根突きの音を聞いてたら身体が疼いて来ただけさ」
「ふふふっ、面白い。いいだろう。先ずは俺が相手をしてやる」
香坂が前へ出る。
「よし、歌留多の時の雪辱を果たさせてもらうぞ」
先に羽根を持った芳彦が勢い良く打つ。
「ふっ、そう簡単に行くかな」
余裕を見せながら軽く打ち返す。
「結果良ければ全て良し、ってね!」
「羽根突きを甘く見るなよ!」
暫しラリーが続く。どちらとも1歩も引かない。
「そろそろ本気で行くぞ!」
声と同時に香坂の表情が先程と比べて険相なものへと変化した。
「くっ、さっきまでとはまるで違う・・・」
寸前の所で何とか打ち返してはいるが次第に圧されていく芳彦。
「これで止めだ!!」
声と共に香坂のスマッシュが炸裂し、見事羽根は地面へと叩き付けられた。
「お兄ちゃんの負け〜」
「おい水沢。雪辱戦じゃなかったのか?」
橘が負けた芳彦を笑い飛ばす。
「だったら綾乃も戦ってみろよ」
「いいだろう。俺の強さを見せてやる! やい、香坂。お前の天下もここまでだ!!」
勢い込んで羽根を投げる。そして次の瞬間、橘の羽子板は空を切った。
「あらっ?」
「如何した綾乃。まだ始まってもいねぇぞ」
突然の出来事に腹を抱えて笑う芳彦。
「五月蝿い! 一寸ミスっただけだ」
目を瞑りながら咳払いをする。如何やら照れ隠しのつもりらしい。
「はいはい、分かったからさっさと始めてくれ」
「よし、改めて行くぞ、香坂!」
今度は空振ることなく羽根を強打した。
「見たか水沢、これが俺の実力だ〜!」
芳彦の方へ振り向き豪語する。
「馬鹿者、余所見をするな!」
その間にも香坂が打ち返した羽根は橘に迫っていた。
「綾乃、前見ろ前!」
「んっ?」
橘が前を振り向いたその刹那、羽根が橘の顔面に直撃した。
周囲の注意の声に耳を貸すのが遅かった為だ。
「ふんっ、勝負の最中に余所見とは・・・お前では相手にならん」
香坂は橘の甚だ馬鹿げた態度に呆れ果ててしまったらしく、
羽子板を持ったまま場を立ち去ろうとする。
「おいっ、一寸待て。逃げるのか!」
橘が静止の声を掛ける。
「もうお前とはやるだけ無駄だ」
だが香坂は歩みを止めることなく、一言だけ残してそのまま立ち去ってしまった。
「やれやれ・・・アイツにも困ったもんだなぁ」
視界から消えた香坂。芳彦が口元を歪める。
「仕方ない。おい水沢・・・」
「ねぇ、お兄ちゃん。今度は真奈美とやろう」
今まで蚊帳の外で固唾を呑んで見守っていた真奈美が橘の声を制して芳彦に勝負を挑んだ。
「ああっ、いいよ」
「やった〜。それじゃあ真奈美から行くね」
幾らか芳彦との距離を開いた所で立ち止まる。
「よし、何処からでも来い!」
闘志を剥き出しにする両者。方やすっかり置いてきぼりを食らわされた橘。
「うっ、コホン・・・まあ何だ。お互い正々堂々と戦うように」
極々当然の間の抜けた一言に一瞬世界が凍り付く。
「さっ、さあ、真奈美ちゃん、何処からでも掛かって来い!」
何とか芳彦が場を仕切り直す。
「うっ、うん、それじゃあ行くよ!」
真奈美もそれに合わせ何事もなかったかの様に構えた。
一方橘は2人の態度を見てお呼びでない事を悟ったらしくトボトボと歩み去ってしまった。
「それっ!」
しかしそれには一切目を呉れず、2人の戦いは始まった。
「おっと」
「あっ、お兄ちゃん、やるぅ〜」
2人の声と羽根を突く音だけが世界を包み込んだ。
「そう言う真奈美ちゃんだって、結構上手じゃないか」
下に落ちそうになる羽根を慌てて拾いながら芳彦は言った。
「えへへっ、お兄ちゃんには負けないよ〜ん」
「あっ、言ったな〜。よし、これならどうだ!」
芳彦が際どいラインへと打ち込む。
「おっとっと、危ない危ない」
方や真奈美は仰け反りながらも冷静に対処する。
「惜しいなぁ。もう一寸だったのに」
「残念でした〜。今度はこっちから行くよ」
「よし来い!」
中々ラリーは終わる気配を見せない。
「くっそ〜、これじゃあ埒があかないなぁ」
「よし、それならこれでどうだぁ!」
真奈美の渾身の一撃。芳彦が咄嗟に反応する。
(コン)
間一髪間に合った、かのように思えた。
が、実際は微かに当っただけで惜しくも羽根は地面へと落下してしまった。
「はあ、はあ・・・」
「ふう〜、やったぁ〜、お兄ちゃんに勝った〜!」
真奈美が嬉しさの余りピョンピョン飛び跳ねる。
「あともう一寸だったんだけどなぁ」
「へへ〜ん、これでお兄ちゃんと五分五分だもんね〜」
「ははっ、そうか。でも今度やる時は絶対に負けないぞ」
「えへへっ、そうはいかないよ〜。今度だって絶対真奈美が勝っちゃうもんね〜」
負けた悔しさ。勝った喜び。両者が共に味わった思い。
当然其々重みは違う。しかし、そんなことは既に如何でも良かった。
互いに零した微笑。それが何よりもその事を物語っていた。
「2人とも、そろそろ昼食にしましょう」
弥生の呼ぶ声が聞こえる。
「は〜い」
揃ってそれに答える。2人が勢い良く家の中へと駆け込む。
そして場には強く吹き荒れる風やそれに揺すられる木々たちだけが残された。
それらはまるで1つの劇の終わりを告げている様だった。



〜あとがき〜

作品を読み終わった方はどうぞ↓(態と隠してあります)

ふう、何とか完成させることが出来ました。
恐らくこれが私の最後の2次創作作品となると思います。
というわけで、読まれた貴方はラッキーですよ〜♪(笑
さてさて、相変らずベタな展開のオンパレードで幕を閉じた今回の作品ですが、
多分最後の1文に関しては疑問を持たれる方もいると思うので一応補足を。
先ず揺すられる木々についてですが、
此方の発する音を拍手に置き換えてみましょう(えっ、無理? してください)
そして吹き荒れる風についてですが、
此方は基本的に一方から正反対の方向へ流れるのは当たり前なので、
例えば左から右へ「風が流れている」を「幕が閉まって行く」と考えてください(えっ、強引? 駄目ですよ、突っ込んじゃ!)
とまあ、それで劇の終わりを告げている様だった、と言うわけです(コラ
我ながら奇抜過ぎるアイディアですね( ̄ー ̄)b(そうでもない?
すいません。他に上手い閉じ方が思い付かなかっただけです(−−;
当然作品を書く際に幾らか悩んだ点もあるのですよ。
上記のこともそうですが他には「芳彦と真奈美のかけっこ」についてとか。
あれはサントラの真奈美のモノローグからネタを頂いた物なのですが、
スタートをどちらにしようかなぁ、と悩まされました。
多分ストーリー的には家の前からスタートにした方が良いのでしょうけど・・・
それじゃあ最初にゴール地点の説明やらを加えないといけなかったのですよΣ( ̄▽ ̄;
あと走り終わった後の家に帰るまでの会話とか色々と私自身に問題があり、
最終的に今の形で落ち着かせました(苦笑
もっと色々と勉強しておくべきでしたね、はい。
さて、最後になりましたがここまで読んで下さった方々、有難う御座いましたm(__)m
色々と試行錯誤を重ねて何とか最後まで漕ぎ着けましたが、
私の描いたキャラクターは皆さんのキャラクターイメージにマッチしていましたか?(^^
持っているイメージというのは各々違うものだと思いますから完全とは行かないまでも、
それなりにマッチングしていたならば幸いです。
それでは皆さん、良い御年を〜♪



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