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MISTY CASTLE -KANON 繰り返される約束 前編-

繰り返される約束前編

「・・・地方の明日の天気は全体的に曇り、ところによっては昼頃から雪が降るでしょう・・・」
( プツッ)
明日は・・・ところによっては昼から雪、か・・・
微妙だなぁ・・・まあ、やるだけやってみるか・・・。
そう思いながら俺はテレビの電源を切り、立ち上がる。
勿論向かうのは電話のところ。今日中に明日の計画を皆に伝えておかなければならない。
さすがに明日1日で皆に声をかけるのは無理があるだろう。
「えっと・・・まずは北川か」
受話器に手をかける。しかし、ここで肝心なことに気づく。
「電話番号・・・・・」
そう、俺は電話番号を知らない。実のところ、居候を始めてから1度もこの家で電話をかけたことはなかった。
「ん〜、困った・・・」
学校側から連絡網なるものが配られているはずだが、どこにあるかは分からない。
秋子さんや名雪に聞くという手もあったが、下手にこの計画を名雪に勘ぐられてはまずい。
もし秋子さんが名雪に話してしまったら、絶対名雪に何をしているのかを聞かれるだろう。
あくまでも最後まで名雪には秘密にしておかないといけないのだ。
「それにしても電話がダメとなると、明日の夜までにどうやって皆と連絡を取り合ったら・・・」
「祐一さん」
困り果てた俺のもとに秋子さんがやってきた。
「こういうのがあるんですけど、お役に立ちますか?」
そういって差し出されたのは、学校の連絡網なるものである。
これを使えば、学校の生徒は愚か、先生にまで連絡できてしまう。
まあ、先生に連絡するわけはないが。
「あっ、立ちます、立ちます! ありがとうございます、秋子さん」
「いえ、それじゃあ頑張ってくださいね」
「はい! ・・・って、ちょっと待ってください!!」
「はい、何か?」
「何で俺がこれが欲しいって思ってるって分かったんですか?」
「いえ、何となくそんな感じがしたものですから」
「な、なんとなく?」
「はい」
さすが秋子さん、何でもお見通しである。
今更だが、秋子さんにまで隠し通そうと思っていた自分が馬鹿らしく思えた。
「祐一さん」
「はい?」
「名雪には言いませんから安心してください」
「あっ、それは絶対お願いしますよ?」
「ふふ・・・分かってますよ。それじゃあ、私はこれで・・・」
「あっ、はい。何から何までありがとうございます」
秋子さんが去るのを見送ってから再び受話器に手をかける。
「まずは・・・北川」
(トゥルルル・・・)
「はい、北川ですけど?」
「あっ、俺、相沢だけど」
「相沢・・・さん?」
「えっ!? 俺だよ、同じクラスの相沢祐一! 忘れたとは言わせないぞ!!」
「同じクラス・・・? ああ! 少々お待ちください、今変わりますから」
「えっ・・・? 今変わる・・・・?」
しまった、今のは北川の親父さんか何かだったのか。電話だと分かり辛くてしょうがない。
俺は北川の親父さんらしき人が北川にさっきのことを話さないことを願った。
「おい、電話変わったけど?」
「あっ、北川」
「いきなり電話してくるなんて何かあったのか?」
よかった、どうやら話していないようだ。
「ああ、今日が何日か知ってるか?」
「ああ、21日だろ」
「そう、21日だ」
「なるほどね〜、それで俺は何をすれば良いんだ?」
「ん・・・?」
「『ん・・・?』じゃないだろ! 水瀬の誕生日に何かするから手伝って欲しいって言うんだろ?」
俺の計画はあっさりと北川にも見破られた。
「そこまで分かってるなら話は早い。明日の夜10時半に学校に来てくれ」
「夜10時半に学校? 学校で祝うのか?」
「ん〜、まあ、そんなとこだ」
「ふぅ〜ん、分かった、10時半だな」
「ああ、遅れるなよ?」
「おまえこそ、水瀬に感づかれるなよ?」
「大丈夫だって、俺を信じろ!」
「どうだかねぇ」
北川も時には酷いことを言う。
「まあ、いいさ。じゃあ、よろしくな」
(カチャ)
「これで北川はOKと・・・次は・・・香里」
今度は同じミスをしないようにしないとな。
(トゥルルル・・・)
「はい、美坂ですけど?」
「あの、俺、いや私、香里さんと同じクラスの相沢という・・・」
「何やってるの、相沢君」
「えっ?」
「香里は私だけど?」
また恥をかいてしまった。やっぱり電話は誰の声か分かりにくくて困る。
「・・・で、どうしたのよ、相沢君、あたしに何か用?」
「ああ、実は2日後に・・・」
「名雪の誕生日ね」
「そう、名雪の誕生日が・・・って、知ってたのか?」
「当たり前でしょ、去年も私がお祝いしてあげたんだから。それで?」
「あっ、ああ、それで今回俺が計画していたことを実行するために、
明日の夜10時半に学校に来て欲しいんだけど・・・」
「真夜中に学校・・・一体何を考えてるの?」
当然のリアクションだ。本当は俺も冬の真夜中に学校なんて行きたくない。
でも、あれをやるにはそれなりの場所がいる。そして人も。
「詳しいことは明日話す。頼むよ、少しでも人手が欲しいんだ」
「・・・分かったわ。明日の夜10時半に学校に行けば良いのね?」
「ああ、頼むな」
(カチャ)
ふぅ、まあ、もう少し人手が欲しいところだけど、これくらいで良いかな。
「あとはこれを秋子さんに返して明日を待つだけ・・・」
俺はこの時間秋子さんがいる確率が最も高そうな台所へ向かった。
そして案の定、秋子さんは台所にいた。運の悪いことに名雪も。
今、これを秋子さんに返したら怪しまれる。かといって、このまま持っていたらそれはそれで怪しい。
俺はとりあえずこの場を退き、タイミングを見計らって秋子さんに返すことにした。
しかし、そう思ったのも束の間である。
「あっ、祐一。どうしたの、そんなところでぼ〜っとして」
名雪に見つかってしまった。こうなってはもうこれを隠すことは出来ない。
なんとか悟られないようにしないとな。
「祐一、手に持ってるのって・・・学校の連絡網? 誰かに電話してたの?」
「ああ、北川にちょっとな」
迂闊に香里の名前を出したら即座に怪しまれてしまうだろうと思い、敢えて香里の名前は伏せておく。
「北川君に?」
「そう、男同士の会話ってやつをな」
「男同士の会話? ん〜、よく分からないけど、北川君となら大丈夫だね」
「なんだ、その北川君となら、っていうのは・・・。まるで俺を信用してない言い方だな」
「だって祐一、いつも無茶苦茶なことばかり言うんだもん。だから北川君みたいに頼れる人だったら安心だなって」
言ったな〜、その言葉、絶対明後日後悔させてやるからなぁ〜!!
と言いたいところだが、ここでそんなことを言ってしまったら、計画がお釈迦になってしまう。
ということで、ここはとりあえず名雪にあわせておく。
「俺は北川よりも信頼されてないのか・・・」
「祐一・・・?」
「まあ、いいさ・・・。人それぞれだからな。誰に何と思われようと俺は気にしないさ」
さっきよりきつい口調で言ってみる。
「祐一・・・・・」
名雪は俺の態度が急に変わったことに戸惑いを隠せないみたいだ。
「・・・・・」
静寂が訪れる。正直、居心地が悪い。この場はさっさと退散した方がよさそうだ。
「あっ、そうだ秋子さん、これ、ありがとうございました」
そう言って借りていたものを秋子さんに手渡すと、俺は台所をあとにし、一目散に自分の部屋に逃げ帰った。
これでいい、計画のことがばれていないのだ。
本来の目的は、絶対に計画のことを名雪に悟られないようにする、というものであったし、
実際、名雪には計画のことは悟られていないはずである。
だが、胸の中では名雪の心配そうな顔だけが俺を支配していた。
「本当にこれでよかったのか・・・」
自分の胸に問い掛けてみる。しかし当然ながら答えてくれるはずもない。
考えれば考えるほど、名雪の顔が脳裏に浮かんでくる。
出来ることなら、全てを名雪に話して楽になりたい。
でも、それは出来ない。いや・・・ここまできてやめることなんて出来るはずがない。
そんな不安と決意の中、俺は眠りについた。



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